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*「安徳天皇漂海記」 宇月原晴明

安徳天皇漂海記
 
 安徳天皇漂海記

 宇月原 晴明
 単行本: 330ページ
 中央公論新社 (2006/02)



読み終わった後も異郷の地に心を残したまま、しばらくぼ〜っとしてしまった。
本書は2部構成。第1部の東海漂泊ー源実朝篇では、実朝のかつての近習が、壇ノ浦で海に沈んだ安徳天皇の大秘事とそれに係る実朝との、哀しくも憐れを誘う出来事を外国人(とつくにびと)に語り聞かせる形で物語は進む。夢と現実、虚実が見事にひとつに紡がれ、想いはうつつを離れ、遠くへ運ばれていく心地にさせられる。
第2部の南海流離ーマルコ・ポーロ篇は、第1部をさらに深い夢幻のまどろみに取り込む形で、夢で邂逅する安徳帝と亡国南宋の皇帝、幼きふたりの天子の交流、帝国元の前に滅びゆく南宋の最後をダイナミックに織り交ぜつつ、安徳帝の御霊の長い漂海の果てまでを描いて夢幻譚は幕を閉じるのだ。
本年度山本周五郎賞受賞。
「波のしたにも都のさぶらうぞ」
壇ノ浦の合戦で、二位ノ尼は孫である幼い安徳天皇に、「波のしたにも都はありましょう」と言って共に入水する。この折、皇位継承の証とされる三種の神器のうち、草薙剣(くさなぎのつるぎ)だけが所在不明のままとなった。

秘事は長明入道(鴨長明)が実朝を前に平曲を聴かせることから明らかになる。琵琶の音にのせて語られる秘事、さらには大秘事とは、壇ノ浦に沈んだ安徳天皇のことなり。
源実朝は『金槐和歌集』を残した歌人でもあったが、征夷大将軍とはいえ、政治の実権は北条義時を筆頭とする北条側に握られており、いわば形ばかりの将軍だった。この物語に出てくる安徳天皇、源実朝、2部で登場する大宋皇帝、ともに高位ではあっても与えられた地位に過ぎないところが共通している。
安徳天皇の大秘事。そのあり様は、なんと美しいイマジネーションの産物だろう。が、またその定め、その果てることない怨念と孤独は痛ましく哀しい。
実朝とその近習は夢の中で安徳帝と会う。夢が現世を侵食し、現世が夢に光射し影をつくる。『吾妻鏡』の記述、実朝の歌を物語に織り込みながら、なかば幻想的に話は進む。
荒ぶる御霊となりし安徳天皇。都から返された五部大乗経に怒り、自身の舌を噛み切り、その血で日本国の大魔縁となる願文を書いて海に沈めた崇徳院より、なお荒ぶる御霊を持つ帝。荒ぶりたる心を鎮めるにはどうすればよいのか、実朝の思いはそこに注がれる。迎えた結末は悲劇なのか、浄化なのか。

安徳天皇の荒ぶる魂が顕在化したような紅水晶は平家一門の赤であり、対し雪の白はまさしく実朝が源氏の白。源平を象徴する赤と白の色彩の描写の妙が印象的だった。

既読の方のみ反転させてお読み下さい。
源平最後の合戦に破れ海に沈んだ安徳天皇にしてみれば、実朝は敵方の血の流れをくむ者。流された平家の血、源氏方にしても功のあった多くの者達はその後失脚しこの世にはない。実朝にとって自身の首を安徳天皇の前に捧げることは、荒ぶる御心を鎮めるとともに、流された夥しい源平の血と怨念を、自身の血で贖い浄化するという決意による行為なのだろうかと思った。
小さな両の手で実朝の首を胸に抱く安徳天皇の、穏やかで深い眠り。妖しい絵姿は、恐くもあり格段に美しくもある。
朝廷政治ではなく武家政治をという頼朝の意向は、時代の変換を勝ち取った源氏の血が衰退して初めて完結するというのは、なんとも皮肉的な結果だ。


1部は日本的なものの憐れを帯びた哀しき夢幻譚であったが、2部の舞台は大陸、語り手はクビライ・カーンの巡遣使マルコ・ポーロ。

年の頃も、境遇も似ている日本と南宋ふたりの天子は、夢の浜辺で出会い、心を通わせ合うようになる。砂の上に互いのことを語り合い、無邪気に戯れるふたりが、いっときの幸せを刻む様子は、この物語中でも好きな場面だ。

元と南宋の海上決戦はさながら源平の壇ノ浦の戦いが甦るよう。ここに物語のクライマックスがあるのかと思っていたら、その先にはもっとすごいことが待ち受けていた。もうそれは想像の範疇を超える、予想だにしなかった展開。1部で実朝が探し求めていた高丘親王の天竺渡海の行く末、神代の時代、神の第一子として生を受けながら葦舟で流された水蛭子の逸話が、ここにきて意味を持つことになるなんて、と驚く驚く。
「人はどんなに天に魅せられようとも、どこまでも地に留まって生きねばならない。これが老いたる者の知恵である」と、マルコに言っていたクビライの用心深さがなければ、マルコは現世に還ってこれたかどうか。
虚実を巧みに織り上げた夢幻譚、最後は想像の高みへと飛翔する。

この物語ほんと好み。妖しさも美しさも哀しさもあって、最後のほうでは、先が知りたいけど終わりたくないという矛盾した思いに駆られ、それでも読んでしまってぼ〜っとなるという具合だった。人恋する物語のせつなさというのもあるけど、尽きせぬ怨み、怒り、悲しみを抱く者の心もせつなく響いてくるものだ。なにがこんなにも悲しくさせるのだろうと自分でも呆れるほどに、悲しみの感情は涙腺にまで及んだ。

『古事記』では水蛭子、『日本書紀』では蛭児とされるヒルコに関する記述は、記紀神話どちらも少ない。
ヒルコに関しては諸説あるようで、兄妹婚の近親相姦による異常児説もあれば、日子として太陽神とする説もあるようだ。諸説は置いとくとして、流され捨てられるこの第一の天子が抱いたかもしれない思いというのが、読んだ時からずっと気にかかることだった。そこへもってきてこの物語で水蛭子に巡り合うことになるとは。しかもこんなことに。“こんなこと”はまず読んでもらわないことには、ここでは書けない。書いてはいけない、でもでも。
いまは安らかならざる安徳天皇の魂も、やがては煩悩の無明を昇華する日がくるのだろうか。

もっと書きたいな〜
(えーーーっ!まだ書くってかい!・笑)

(2006年8月5日読了)
| 歴史・時代小説 | 17:06 | comments(8) | trackbacks(8) | | |

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♯ コメント

こんばんは!
やぎっちょさんのリンク集からお邪魔しました。
『まったり読書日記』のエビノートと申します。
『古事記』から『東方見聞録』と様々な文献に添って、これほどまでに幻想的な素敵な話が作れるのかと、感動してしまいました。
| エビノート | 2006/08/06 11:20 PM |
エビノートさん、こんばんは!
はじめましてですが、お名前はよく存知あげています。
やぎっちょさんのブログでお会いしてますものね。
会うというか、集っているというか??

動かせない古典の記述に、こうも自在に物語を絡めていけるものなのですね。
すごいな〜、と思いました。
ラストの飛躍具合もすごいな〜、でしたが^^;
| 雪芽 | 2006/08/07 10:13 PM |
雪芽さん
久々の歴史小説。んが・・・ダメでしたっ。玉砕。
歴史は強いが古典は弱いというのが出ちゃいました。なので一部がちょっと・・・。風流とか以前の問題で・・・。
二部は読めたんですけど、むちゃくちゃ感激と言うわけでもなく。。。大体どんな本でも(最近は勧められたのばかり読んでいるので)いいところを楽しんで読めるのですが、この本はだめでしたぁ。
つくづく本って相性があるんだなぁ、と。
でもこれをきっかけにマルコ・ポーロ研究でもしてみようかなと考えています!
| やぎっちょ | 2006/09/07 6:08 PM |
あ、やぎっちょさんから玉砕報告が。
かなり伝奇的な比重が大きいので、読んでの感想は意見が分かれるところでしょうね。
同じ本を読んで同じく感動するもの嬉しいけれど、好みの重ならない部分も、かえって興味深い感じがしませんか。
そうなのか〜、という発見が新鮮です。
マルコ・ポーロ研究?
そっちにいくとは、やぎっちょさんらしいですね(^.^)

| 雪芽 | 2006/09/08 10:20 PM |
雪芽さん、こんばんわ。
雪芽さんのレビューすごいです!
私が書きたかったけれどうまく書けなかったこと、
気づかなかったこと、知らなかったこと全て網羅されてて
雪芽さんのレビューで再びこの物語を楽しんだ気がします。
私もこの作品すごく好きなので、もっと語ってほしいです〜!
| june | 2006/10/23 10:51 PM |
juneさん、もっと語りたいです〜(笑)
私の好み、いままで興味があって読んでいたこと、
などなどぴったんことハマった作品でした。

| 雪芽 | 2006/10/26 10:19 PM |
雪芽さん、はじめまして。
【蒼のほとりで書に溺れ。】というブログをやっております、水無月・Rと申します。
やぎっちょさんのブログの、雪芽さんのトラックバックから、こちらにお邪魔させていただきました。

『安徳天皇漂海記』を読み終えて、さて感想を書くぞという段になって、「あぁ!こんなにいい作品なのに、言葉にできない〜!」と困惑。美しく、はかなく、暖かい物語に感激したのですが。
雪芽さんのレビューで、ああこう書けばよかったんだ!と得心しました。

私の拙い文章ではありますが、TBさせていただければ光栄です。よろしくお願いします。
| | 2007/09/01 12:07 AM |
水無月・Rさん、はじめまして!
ご来訪頂いて嬉しいです。
今後ともどうぞよろしくお願いします。

読んでいる最中もですけど、読み終わった時も圧倒されっぱなしでした。
なんて美しい話なのだろう〜
ああ、この儚さ、哀しさ〜、と。
読むはよいよい、書くはしんどい♪ですよね、ほんと。
TBありがとうございます。
こちらからも後ほど伺いますね!
| 雪芽 | 2007/09/02 6:59 PM |

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