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*「風の男 白洲次郎」

風の男 白洲次郎
風の男 白洲次郎
青柳 恵介
白洲次郎は、戦後占領軍司令部と渡り合い、日本国憲法誕生の現場に立会い、1951年のサンフランシスコ講和会議に出席する吉田茂ら全権委任団に同行。
しかし、情勢が定まると政治の場からさっさと身を退いて、カントリージェントルマンの道に戻る。
戻るというのは、38歳の時すでに職を辞して鶴川村に土地を求め、農業に専念しているからだ。戦後食料不足になると見越してのことだったらしい。
180センチを越える長身、端整な風貌、留学経験から流暢な英語を話し、時代を読むに敏、筋の通らぬことを嫌い、言うべきことは言う怒れるジェントルマン。

怖い人と恐れられるエピソードには事欠かないようだが、東北電力の会長に就任した時は、自らランド・ローパーを運転して現場に乗り込み、夜になると親しく人夫達と酒を飲み苦労話に涙したり、運営を手がけた軽井沢ゴルフ倶楽部のキャディ達に対する優しさや、子供好きで子供からも懐かれた話など、温かな人柄が偲ばれる話も数多く紹介されている。

1900年代の日本を風のように駆け抜け生きた男、白洲次郎。以前TVで彼のことを紹介していた番組で初めてその名前を知った。
その時見た写真が、この本の表紙にもなっているTシャツにGパン姿の白洲次郎だった。49歳の頃のものだ。
気骨のある人、ずいぶんかっこいい男がいたものだと、その名を心に刻んだ。

後年、別な興味から辿っていって白洲正子を知り、彼女が書いた本から二人が夫婦だと知った時は驚いた。
この夫にしてこの妻あり。この妻にしてこの夫あり。

「葬式無用 戒名不用」

風の男白洲次郎は、最期まで颯爽とかっこよく時代を生きた。
| 歴史・評論 | 18:57 | comments(2) | trackbacks(1) | | |

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♯ コメント

コメントありがとうございました。
1年前に読まれてたんですね、さすが・・・!

確かにあの時代、留学して英語ができるヒトは貴重なんだろうけど・・・やっぱり、カッコいいですねぇ。
とにかく、誰のためとかではなく、ヒトとしてどうあるべきかをはっきり語っているような気がする。

それにしても、昔の金持ちはケタが違いますね(苦笑)
| juzji | 2006/09/04 1:17 AM |
juzjiさん
地位に固執しない、信念に生きる、
その気骨ある精神がすごいなと。
生き方がケタはずれ。
そう、当時のお金持ちの暮らしぶりというのも
ケタはずれですね。別世界です。

あと歴史上で好きなのは直江兼続なんですよ。
とくに関ケ原で負けてからの生き方が好きで。
| 雪芽 | 2006/09/05 12:46 AM |

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【風の男 白洲次郎】 青柳 恵介 著
思ったとおり、やっぱり「かっこいい」ですね。 生きざまも、ファッションも、そしてセンスも・・・こんな人が戦後にいたんですねぇ。 1951年「サンフランシスコ講和条約」に赴いた時には、GパンにTシャツだったとか(写真) 《日本国憲法誕生の現場に立会い、あの
| じゅずじの旦那 | 2006/09/04 1:00 AM |
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