本や映画の感想、日々の雑感などを徒然に書いております
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*「恐るべき子供たち」

恐るべき子供たち 恐るべき子どもたち 恐るべき子供たち (トールケース仕様)
ジャン・コクトー

恐るべき子供たち(小説)
雪で白く覆われたシティ・モンティエ。そこには雪合戦に興じる少年達の姿があった。ポールはひとりの少年を探して雪玉の飛び交う中を走る。
ダルジェロス、それが目指す少年の名前だった。

美の特権は素晴らしいものである。美を認めないものにさえ働きかけるのだ。

ダルジェロスは学校中での大将であり、彼の存在は物語中ずっとポールの心に影を投げかけ続ける。いつもどこかにその存在が息づいているかのようだ。魅惑的な悪魔の囁きのように、ダルジェロスの影はポールを密かに支配する。

この夜、ポールが胸に受けるダルジェロスの雪玉の一撃は、物語終盤にきて黒い球形の毒薬へと形を変え、ポールに死という最後の一撃をもたらすのだった。
ポールと姉のエリザベートのふたりが住む子供部屋は、彼らにとって特別な空間だった。
ふたりにだけ意味をもつ「宝物」は用心深く吟味され箱に収められる。現実と夢想の未分化な領域で、ふたりの間に錯綜する駆け引きや企み。そのどれも規律とは無縁の無軌道な子供の戯れだった。大人世界を拒むイノセンス。
また、ふたりの心の内側には、子供部屋と入れ子のような“部屋”が存在する。自由に自分達の夢想の世界へと遊離する、出かけていく魂達。
ふたりの「部屋」へ入ることを許されたのはポールに思いを寄せる友人ジェラールと、エリザベートの仕事仲間でダルジェロスに見紛うアガートのふたりだった。この4人がそれぞれの想いが微妙に絡み合うカルテットを響かせる。
無邪気な残酷さ、繊細で時に傲慢、自由気ままな稚気に満ちた悪戯。最後までポールとエリザベートは子供で在り続けた。精神的に大人の領域へと踏み出すことはなかった。
一発の銃声の向こうにエリザベートが立ち去る時、「部屋」も夢想の彼方へと消えていく。策略を弄し、4人の愛憎劇を操り、絶対的力を持った女神のように君臨したエリザベート。最後の瞬間に彼女が感じたのは勝利か敗北か、または無か。

この物語に色づけされる色彩は極僅かに限られている。
雪玉の一撃を受けたポールの口から吐き出され、雪を赤く染める血。
ポールの顔色を元気づけてみせた火事の赤い炎。
ポールが屏風で囲いして作った部屋の赤い布。
無彩色の物語の中で、一色差し込まれる赤が印象深い。

コクトーは息子とも思い愛したレーモン・ラディゲを亡くした哀しみから、阿片を服用するようになる。本書は阿片中毒から再生する苦しみの過程で生まれた。
コクトーの『阿片』に以下のような一文がある。

あの小説が、白い玉で始まって、黒い玉で終っており、二つとも、ダルジェロスがこれを提出することは、僕自身気づかなかった。あれは、作者の調和の本能による予謀の結果らしい見せかけにすぎない

見事な調和が本能の成せることとは、天の才とはこういうものなのか。

恐るべき子供たち(漫画)
小説をもとに漫画家萩尾望都が描き出すコクトーの世界。
視覚化された絵のもつインパクトは強烈だ。
心理描写が誌的で美しい絵によって言葉以上の広がりをみせることもある。
「恐るべき子供たち」の読者ならば、一読して双方の違いを楽しむのもいいと思う。

恐るべき子供たち(映画)
脚本はコクトー自身の手による。監督はメルヴィル。
この映画はずいぶん前に映画館まで足を運んで観たのだが、正直なところ細部までは記憶に残っていない。
モノクロでまさにコクトー的世界だったと思うのだが。
ダルジェロスの雪玉を受けるシーンはどんなだったろう。
確認のためにももう一度観てみたい映画だ。
| 本の耳 | 14:00 | comments(4) | trackbacks(0) | | |

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♯ コメント

こんばんわ〜。
この本、読んでみようかな。
文学系の本はつい買ってしまって、その敷居の高さに積読本になってしまうことが多いのですが、この本もそうやって置かれたままになっている一冊だったりします。

雪芽さんのところにお邪魔すると「あ〜、これ積読になってる!」とか、「再読しようかしら♪」と色々な意味で刺戟されます。
最近、ゲドだとか嶽本さんを読んで、思ったのだけど独特の文章を持っている作家さんって、意外と少なくなっている気がします。もちろん、主張だとか物語の作り方なんかは個性がすごくあるのだけど、文章に対する個性というか。
このお二人がものすごく個性的な方だって言うのもあるのだけど、その影響か少し渇望してたりします(笑)。

昔だと、一項読んで分かる作家さんとかって結構、いましたもの。
文藝系とエンターテイメント系。
そうやって区別すること自体が、無意味なことなのかも知れないけれど、前者の方がそういった面白みを味わえるのかも知れないなって。
なので、挑戦しちゃうかも(笑)。

それはさておき。
my blog listと言うのを始めてみました。
自分のブログのプロフィールの下に、雪芽さんのブログも入れさせていただいちゃってます。
(o ̄∇ ̄o)ヘヘッ♪
本当は違う場所に入れたかったのだけど、今使っているテンプレートがプラグイン対応していないので、htmlと格闘した結果、その場所になってしまったっていう(苦笑)。
更新が3日以内だとnewが出るようになってるんです。
link+リストにもブログのお名前入れちゃいましたけど、
これからもよろしくお願いします
| littleapple | 2006/01/22 7:01 PM |
こんばんは。
昨夜littleapleさんのブログにお邪魔してきました。
本のレビューもブログの形もどんどん充実、進化していってますね。htmlと格闘、凄いですよ。
見習わなくてはと思うけど、私は勉強不足で、やっと本を横に2冊、3冊と並べることができるようになった程度です。

文章の独自性への渇望ですね。
あまり文体というものを意識して本を読んでいないほうですけど、すごく好みと感じる文章ってあります。
一時期ハマった宮城谷昌光さんは、自分の呼吸に近い感覚があって、漢字ひとつに対する拘りといい、とても好きな作家です。
文章の独自性と関係あるのかわかりませんが、文芸作品とエンターテイメント作品の境界が、曖昧になっているところもあるのではないかしらという感じが強いです。

嶽本さん、読んだことないのでちょっと独自な文章に出合ってみたくなりました。
| 雪芽 | 2006/01/24 10:55 PM |
こんばんは。
うわ、これはなんとも嬉しい!
コクトーの小説、萩尾望都さんの漫画、そして映画と、贅沢ですね〜。
小説はかなり昔に読んだのですが、それから後、漫画を読みました。絵になると、やっぱりインパクトありましたね。
今でも思い出します。
映画も見たのですが、こちらはなぜかあまり思い出せないのです・・脚本はコクトー自身だったのですね。
今、また見返してみたい映画ですね。
| 瞳 | 2006/01/29 10:04 PM |
瞳さん、こんばんは。
同じく小説、漫画、映画、三つともご存知とは嬉しいですねぇ。
そうそう、瞳さんは映画のDVDもたくさんお持ちだったはず。以前ブログを読んで凄いって思った記憶が。
昔の名画はいまけっこう安価なお値段で手にはりますが、このコクトーの映画DVDは高くて手が出ませんでした、はあ〜

また瞳さんのブログにも遊びにいかせて頂きますね。
| 雪芽 | 2006/01/30 10:15 PM |

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